見えているはずなのに、見えていない 選択的注意

先週、ある日の出来事。kuniは喫煙者なので、仕事中も一定時間ごとに喫煙室に行くんですね。この日も何度か行ったのですが、喫煙室のすぐそばの廊下で公衆電話を発見しました。あの緑のヤツです。この廊下、一日に10回くらい通っているのに、そこに公衆電話があることに気付いていませんでした。実際設置されている公衆電話は激減してますしね。

たまたま、その公衆電話で話している人が居たから気付いたんです。最近はみんなスマホ(一部にガラケーの人もいらっしゃいますが)持ってるので、この公衆電話も使われている場面に出くわしたこともなかったんだと思います。

自分に必要なくなったモノ、というか、とりあえず今必要ないモノって、目には入ってるんだろうけど、脳が認識しないんですかね。昨日までのkuniだと、「このビルに公衆電話あるでしょうか?」なんて誰かに尋ねられても、答えに窮していたと思います。これを見付けてから、自分の部屋に戻るまでに、もう2台見付けました。注意して歩くと見付かるんです。

いやぁ、これってある意味びっくりでした。見えているはずなのに、見えていない。こんなことホントにあるんですね。会社の仕事の中とかでもこういうことってあるんだろうか?真剣に考えさせられます。

選択的注意 カクテルパーティ効果

この日kuniが経験したような、「自分が興味のあるものだけが目に入り、それ以外の情報が全く意識に入ってこない」みたいなことを、専門的には「選択的注意」と言うんだそうです。「知覚した情報のうち、一部の情報だけを選択して注意を向ける認知機能」だそうです。今回は視覚のお話でしたが、聴覚においては「カクテルパーティ効果」というのも有名らしいです。

kuniのこの貴重な体験、認知心理学だったかな、立派に研究対象になっている出来事、経験なんですと。皆さんが務めている会社のビル、公衆電話がどこにあるか思い出せます?

1万円札 高額紙幣廃止 キャッシュレス決済推進

ハーバード大学のケネス・ロゴフ教授は、日本人の現金離れを促す方法として、1万円札の段階的廃止を唱えています。kuniもそろそろこれを考えても良い頃ではないかと思っています。今日はこの日本における高額紙幣、1万円札の廃止について考えてみます。

各国の高額紙幣

世界で最も価値が高い高額紙幣は、シンガポール1万ドル紙幣だそうです。日本円にして80万円ですと。次いでスイス1000フラン紙幣(11万円)、カナダ1000ドル紙幣(8万円)、こんな感じです。日本の1万円札は米国100ドル紙幣に次ぐ第9位でした。

これらの国に共通することは、比較的治安の良い国であるということです。米国は治安が良いとは言えないでしょうが、100ドル紙幣は国外に持ち出されていて、米国内ではほとんど流通してないようです。

なぜ日本では現金が好まれるのか

最も大きな理由は日本が治安の良い国だからだと思われます。高額紙幣を普通に財布に入れて持ち歩けるのは、強盗やひったくりといった犯罪を警戒しなくても良いからです。こうした犯罪が日常茶飯事に起きる国では、到底できないことですよね。

自宅に現金を保管する際に高額紙幣が都合が良いというのも大きな理由でしょう。いわゆるタンス預金というヤツです。ただし、ここにも大前提として「自宅に空き巣や強盗が入ってくることはまずないだろう」という安心感=治安の良さがあるということです。

他にも、きれいな紙幣が常に維持されていること、紙幣の偽造もほぼないこと、などが理由としてあげられると思います。しかし、ここには日銀による汚れた紙幣の回収と新札の供給であるとか、銀行ATMでアイロンがけまでしてくれる、偽造されないようにするための技術革新等、相応のコストが掛かっています。

移民の解禁と治安の悪化

こんな治安の良い国日本にこれから起きること。外国人労働者の流入というのは、実質的な移民の解禁です。当ブログでも何度か見てきたように、多くの外国人が移民として流入することは、日本の治安を悪化させることにもなりそうです。インバウンドと言われる訪日旅行者の急増においても、その兆候はありました。

治安の悪化により、高額紙幣を持ち歩く、タンス預金をすることの危険性は高まります。逆に、治安を悪化させないためにも、高額紙幣をなくしておくという発想はありだなぁ、と思うわけです。高額紙幣の廃止により、強盗やひったくり、空き巣の発生機会(動機)を減少させるとともに、キャッシュレス決済比率を向上させる。加えて、銀行ATMの廃止や資金の移送コスト等も軽減できるというわけです。1万円紙幣の廃止、少し現実味が出てきました。

解禁 ゲノム編集

日本経済新聞でこのタイトルの特集がスタートしました。ゲノム編集・・・、って、なんとなく分かってるつもりだったんですが、遺伝子組み換えとどう違うんだっけ?って疑問が。何となく分かってるようなつもり、これっていけませんよね。ある意味一番危ないことです。この際しっかり理解しておこう、という感じで調べてみました。

ゲノム編集と遺伝子組み換えの違い

「ゲノム編集と従来からある遺伝子組み換えの違いは、標的の遺伝子をピンポイントで操作できることにある」とのこと。ん?やっぱりわからん。「従来の遺伝子組み換えの技術では、導入したい遺伝子がゲノムのどこに入るのかは運次第であり、元からあった重要な遺伝子を壊してしまったり、重複して導入されたりなど、狙った性質を持つ新品種を生み出すまでに多大な労力と時間、コストが必要だった」んだそうな。

ん~それでも難しいね。とりあえず、ゲノム編集の方が、遺伝子操作よりもはるかに短時間、かつ低コストで作れるようになるということらしいです。これって、違いの説明になってます?

狙い通りの操作・編集ができるんだな、と理解したかと思ったら、「意図しない場所に変異が生じてしまう「オフターゲット変異」の問題もある」とか、、、さっきまでの説明と違うやん。みたいな話題も出てきて。「ゲノム編集によってできた新種を外で育てるリスクは未知数だ」とも。

ゲノム編集なら安全なのか

遺伝子組み換え作物については、リスク・安全性に関する厳しい規制がかけられているが、ゲノム編集生物を遺伝子組み換え作物と同様に厳しい規制の中で扱うかどうかは、まだ議論されている最中のようです。「ゲノム編集の原理を考えれば、自然に起こっている突然変異とそれほど変わらないのだから、遺伝子組み換え作物ほどの厳しい規制は必要ない」という考え方が日本でも主流になってきています。

で、3/18に開催された厚生労働省の専門部会で、ゲノム技術を使った食品の流通を認めることが決まったと日経が伝えています。新しいゲノム編集技術が海外で誕生してから7年。欧米でも食品の流通は始まっていない中、日本が世界の先陣を切る。とあっさり書かれているんですが、、、それで良いんかよ。って感じです。ちょっと前のめり過ぎるように思うんですが。

今回の記事は大失敗でした。遺伝子組み換えとゲノム編集の違いは結局十分理解できませんでした。皆さんもここまで読んでいただいたのに、申し訳ありません。もう少し理解が深まりましたら、再度挑戦してみたいと思います。

日本人の肉食化

3/25 日本経済新聞に「日本人の肉食化 需給にギャップ 20年で消費2割増、肉牛農家は6割減」という記事がありました。そういわれてみると確かに町中にステーキ屋さんや焼き肉店増えてきてるかも。と思いますし、飲みに行くにしても、基本肉系のお店が増えたような気がします。

女性の社会進出と肉の消費

記事では単身世帯の増加や高齢化、女性の社会進出といったライフスタイルの変化により、家の料理では魚より扱いやすい肉が好まれると書いていました。何の本で読んだのか忘れてしまいましたが、女性の社会進出、つまり働く女性は肉食を好む傾向が強いんだそうです。家での調理ではなく、外食でも肉を好むということですね。

kuniの周りもやはりそうでして、「おいしい魚が食べたい」なんてリクエストは最近聞くことがありません。もっぱら「ガッツリ 肉いきましょう」みたいなノリで出かけていくことが多いですね。やっぱ彼女たちも、職場で男子と競っているわけで、その後はお腹が減るんでしょう。

西の牛肉 東の豚肉

肉食化に関して、例によって統計とかも探ってみました。面白かったのが、牛肉の都道府県別消費量です。全国トップは和歌山県でした。前年は京都府とのことで、毎年関西勢が上位を占めています(他には奈良県、大阪府、滋賀県や兵庫県などがトップ10入り)。

昔の農業では関西では牛を使っていたそうで、農耕用に使えなくなった牛を食用とする文化が根付いたそうです。一方で、関東はもっぱら馬が利用されていたが、食用としては定着しなかったというお話も。そんな理由で関西の方が牛肉消費量が多くなったそうです。

関西地区では全国平均の2倍の牛肉を食べているのに対し、最も少ない東北では全国平均の約半分という状況です。ちなみに最も消費量が少ないのは岩手県。どうやら牛肉と豚肉の消費量にも負の相関があるようで、西日本では牛肉、東日本では豚肉という特徴もあるようです。肉じゃがやカレーに入れる肉も西の牛と東の豚なんだそうです。

肉食は明治時代以降

牛肉については先ほど触れたように、農耕用から転じて食べられたりしていたため、江戸時代以前から食したとする歴史があるようですが、やはり一般的に食べられるようになったのは明治時代みたいです。また、豚肉も江戸時代まで、沖縄と鹿児島を除けばほとんど食べられてなかったそうで、関東大震災以降に養豚が関東で本格的に始まったということらしいです。牛と豚について見てきましたが、意外に日本の肉食文化って歴史がないんですね。

投資用不動産 値下がり(その2)

タイトルの通り投資用不動産の値下がりについて書いたところ、いきなり週刊東洋経済に特集記事が出ました。タイトルは「不動産バブル崩壊前夜」と、まぁセンセーショナルなこと。kuniが記事で「不動産全体のバブル崩壊はないでしょう」と書いた途端にです。

東洋経済の記事

東洋経済の記事では、主にアパートローンを中心に惨状を紹介しています。「1法人1物件スキーム」を利用した不動産投資なども紹介し、マンション、アパートなどの投資用不動産がヤバイことになっていることについて指摘していました。この部分についてはkuniもその通りだと思います。

しかし、それ以外のパーツ(首都圏中古マンションの成約価格の推移や空き家率の上昇のお話など)については、いずれもバブルと呼べるような状況ではなく、結果的にタイトルとはかけ離れた、説得力のない記事になっています。

そもそもバブルとは

時々バブルだの、バブル崩壊だのと言った刺激の強いニュース等を見かけますが、最近バブルの定義が変わってきてるんですかね。もちろん定量的な定義があるわけではないんですが、1990年からの景気後退局面をバブル崩壊と呼ぶのであれば、今の不動産にバブルはないと思います。先日書いた通り、あるとしたら投資用不動産に限定した狭いカテゴリーにおいてのみだと思います。

例えば、東洋経済の記事で紹介されている、首都圏中古マンションの成約価格ですが、2012年末辺りで2,500万円だったものが、2019年に入って3,500万円まで上昇しています。これをもってバブルと呼びたいようですが、本当のバブルはこんなものではありませんでした。2,500万円の不動産が数年間で7,500万円に上昇する、そんなレベルです。そしてバブルの崩壊で元の価格に戻ってしまう。

この記事を書いた記者はお幾つの方なんでしょうね。既にバブルは30年前のことです。今現在30代や40代の人ではバブルのことを直接は知らないわけです。上がったものが下がるからバブル崩壊ではありません。現状もバブルではなく、「やや過熱してきているかな」というのが実態ではないでしょうか。だから、この後少し冷めてしまうことはあると思いますよ。

外国人の買いが消えた

前回書けなかったのですが、海外からの不動産投資が急減速しています。この手のお金はまさに不動産投資として入ってきているお金です。東洋経済も書いていましたが、これには中国における規制強化が影響しているようです。

記事では深刻な事情などと表現していますが、インタビューに答えた専門家は「価格の上昇で期待利回りが低下したから」とか「物件も品薄で投資意欲があっても買いにくい」などと答えており、海外の投資家も理にかなった投資行動をとっていることがうかがえます。。。だから、バブルではないのです。さらに、言っておくと、バブルだの暴落だのと言っているときは大丈夫なもんです。本当に怖いのは、みんながまだ上がると思い始めるときです。